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仙台地方裁判所 昭和29年(行)14号 判決

原告 千葉満雄

被告 登米郡米山町土地改良区

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、他の一を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和二十九年五月十三日、同年七月三十一日附通知をもつてした原告が土地改良法、被告改良区規約上同年五月十三日から一時利用地として別紙目録二記載の土地を使用収益することができる旨の指定処分が無効であることを確定する。被告は原告に対し金七万九千百三十二円及びこれに対する昭和三十三年八月三十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、

第一、一時利用地の指定

被告改良区は、昭和二十六年八月一日、地域を宮城県登米郡米山町西野、中津山等、目的を区画整理、穴山揚水機新設、用排水施設の改修、新井堤、定堤蓮堤各溜池からの引水及びこれに伴う施設の管理等と定め、宮城県知事の認可を受けて設立され、昭和三十三年十二月四日その名称「登米郡米山村米山土地改良区」を「登米郡米山町土地改良区」に改め、被告改良区は、昭和二十九年五月十三日原告に対し、土地改良事業上必要があり、土地改良法、被告改良区規約によるものとして、原告の所有耕作及び使用借耕作に係る別紙録目一記載の田畑等実測計一町九反三畝歩に代え、僅かに同二記載の田畑五反五畝歩を同日以降一時利用地として使用収益することができる旨指定し、同年七月三十一日その旨通知した。しかしながら、右指定は、次の理由によつて、違法無効である。

二、規約の不存在

およそ、土地改良区が、如上のように、一時利用地の指定をするには、須らく、指定の内容、実施方法等を定めた土地改良区規約によらなければならない(土地改良法第五十一条第一項)にかかわらず、被告改良区にはかような規約は全然存しない。もつとも

(イ)、昭和二十八年十一月二十二日改正、同日、施行された「係及び委員会規程」に「一時利用地仮指定に関する事項」があるが、これは、係及び委員会の職務権限を定めた規定に過ぎず、もとより、一時利用地指定の実施方法等を定めたものではない。

(ロ)、昭和二十九年八月二十九日新設、翌三十日施行された被告改良区規約第四十条第四十一条に「理事会が必要と認めるときは、換地委員会の意見を聞き、土地改良法の規定によつて一時利用地及びその使用開始の日を指定することができ、この指定及び換地交付の基準たる従前の土地は、昭和十九年九月一日現在の土地台帳」によるとあるが、これらの規定は、もとより、その施行以前たる同年五月十三日為された本件指定に遡及して、これを適用すべき限りでない。

(ハ)、昭和二十八年六月二十八日制定、同日施行された被告改良区規約第四十二条に「換地を交付するには、地目、地積及び等位を標準とする。ただし、各組合員に交付すべき換地の地積は、従前どおり土地台帳の地積に比例する」とあり、同年十一月二十二日改正、同日、施行された同規約第四十二条によつて従前の同条規の「土地台帳」の上に「字毎」が挿入されたが、これらの新条規は、本換地計画樹立の実施方法に関するもので、もとより、一時利用地指定のそれについての掟ではない。

三、違憲背法

仮りに前掲二(ハ)の条規が、仮換地すなわち、一時利用地の指定をも包含し、本件指定が、この条規によつて為されたものとしても、かような指定は専ら実測地積を標準として為すべきで、土地台帳地積に依拠して行うべきでは、断じてない(土地改良法第五十一条第二項)、そして本件土地の実測面積が、一町九畝三歩であるから、被告改良区は、原告に対し、これから本件道路、用排水路等の敷地等新設による区画整理平均減歩率一割三分、すなわち四畝五歩を控除した残九反四畝二十八歩を一時利用地として指定しなければならないにかかわらず、この方法を採らず、専ら、実測面積より遥かに狭少な昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積八反二十六歩を標準として、僅かに田畑五反五畝十一歩を指定したに過ぎない。一般に本件区画整理地区においては、田畑の公簿上の面積は、実測上のそれに比し、著しく狭少であるから、今、一時利用地の指定について、公簿のみに依存するときは、土地所有者または耕作者の権益を侵害することが甚しい。従つて、昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積のみに依拠して為された本件指定は憲法第二十九条第一項土地改良法第五十一条第二項に違背し、当然無効である。そして、かような指定の存在が原告の所有権等を脅かすことは、いうまでもないから、原告は、即時その無効確認を求める法律上の利益を有することは多弁を要しない。

四、不法行為

被告改良区は、原告に対し、叙上のように、原告に対し、一時利用地として、本件土地区画整理区域内の田畑少くとも、九反四畝二十八歩を指定しなければならないにかかわらず、僅かに五反五畝十一歩を指定したに過ぎず、ために、原告は、昭和三十二年度において、その差積三反九畝十七歩を利用耕作することができず、そして、今、これを耕作することができたならば、同年十二月三十一日、少くとも反当金二万円三反九畝十七歩について計金七万九千百三十二円の純益を挙げることができたにかかわらず、叙上被告改良区の故意による違法無効行為によつてこれを妨げられ、同日、この消極的利益を喪失した。

五、請求

よつて、ここに、被告改良区に対し、所有権使用借権に基いて、本件指定の無効確認竝びに不法行為を原因として、如上損害金七万九千百三十二円及びこれに対する本損害賠償訴求書送達の日の翌日たる昭和三十三年八月三十日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁事実を否認し、

六、証拠〈省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、

第二、一、認否

被告改良区の組織、設立経過、及び名称変更が原告主張のとおりで、原告がその組合員であること、その主張の一時利用地の指定、同通知が為されたこと、土地改良法上の一時利用地の指定の形式、内容、実施方法が土地改良区規約によらなければならないこと、被告改良区の「係及び委員会規程」に「一時利用地仮指定に関する事項」という項目があること、昭和二十九年八月二十九日新設、翌三十日施行された被告改良区規約第四十一条が原告主張の公簿主義を採つていること、本件土地の指定時及び現在の実測面積が一町九畝三歩であるにかかわらず、本件指定が、昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積八反二十六歩を標準として為されたこと、及び昭和三十二年度の原告主張の土地耕作による純利益が反当金二万円であることは、いずれも、これを認めるが、その余の事実は全部これを否認する。

二、規約の存在

本件指定は土地改良法第五十一条及び昭和二十八年六月二十八日制定、同日、施行された被告改良区規約第四十二条「換地を交付するには、地目、地積及び等位を標準とする。ただし、各組合員に交付すべき換地の地積は従前どおり、字毎(この「字毎」は、昭和二十八年十一月二十二日制定、同日、施行の改正規約により挿入)土地台帳地積に比例する。換地はその交付を受ける者に利益になる位置において、なるべく取纒めて交付するものとする」に依拠して為されたものである。ところで、ここに、いわゆる「換地」が、一時利用地をも包含することは、

(イ)  既に昭和十九年から本件指定に至るまでの間において、組合員に対し、全改良事業の目的なる田畑約千百町歩の約九割千町歩の一時利用指定を了し、本件指定は残約一割百町歩の指定の一部に過ぎず、従来この種一時利用地の指定は、組合員間で当然の措置とされ、何人も毫も怪しまなかつたこと

(ロ)  被告改良区定款第四十七条昭和二十六年九月一日新設、同日、施行された規約第二十九条、同日制定、同日施行された「係及び委員会規程」第三条に「企画委員会は一時利用地仮指定に当する事項を司る」とあつて、既に被告改良区規約に実質上、一時利用地指定に関する規定があることを予想していたこと等を彼此対比綜合考察するにより極めて明瞭である。そして本件指定後昭和二十九年八月二十九日規約第四十一条「一時利用地の指定及び換地交付の基礎と為るべき従前の土地は、昭和十九年九月一日現在の土地台帳による」が制定、翌三十日施行されたが、その理由は、従前の規約第四十二条に、いわゆる換地に、仮換地、すなわち、一時利用地をも包含するにかかわらず、その表現が必ずしも明確でなかつたため、これを明白にするにあり、従前の取扱を一新するにあつたわけではない。

三、合憲適法

前掲規約第四十二条にいわゆる土地台帳とは、昭和十九年九月一日現在のそれを指称し、その後改測増歩されたそれではない。

そして、被告改良区が本件指定に、昭和十九年九月一日現在の土地台帳を標準とした理由は次のとおりである。

由来、本件土地改良事業の範囲は、宮城県登米郡米山町西野、中津山等の殆んど全域千百余町歩に渉り、既に昭和十九年以降本件指定までの間に(昭和二十六年七月三十一日までは耕地整理法、昭和二十六年八月一日、被告改良区が設立された後は土地改良法等に基いて)その約九割千町歩が昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積を標準として組合員に一時利用地として指定され本件指定は残一割の土地の指定の一小部分に過ぎず、従つて、今本件指定にのみ実測主義を採るときは、既に工事が殊んど完了し、従前の土地の痕跡を留どめない今日、少からざる混乱を捲き起こし、莫大な失費を招くことは極めて明白である。ここをもつて、被告改良区は、従来一時利用地指定によつて生じた保留地すなわち、剰余地を小字別に前掲公簿地積に按分増歩指定し、現在本件小字分として残存する保留地は一反五畝余歩に過ぎない。

よつて、本件指定に違憲、違法の廉があることを前提とする原告の主張は実情を無視した空論で、とうてい、是認さるべきではない。

四、補償時期尚早

仮りに原告が本件指定によつて、一時不利益を被つたとしても、かような他日、本件換地計画樹立の際、またはこの計画認可公告後追行される清算手続において、土地、その他の好条件(便利、肥沃、温度等)、金銭をもつて、補償清算される(土地改良法第五十三条第四項第五十四条第三項、昭和二十九年八月二十九日成立、翌三十日施行された被告改良区規約第二十九条第四十条第四十一条第四十四条第四十五条、委員会処務規程第二条)ところ、原告が故なく本訴等を提起して、土地改良事業の進行を阻んでいるため、まだ右補償清算の時期が到来しない。そしてこの時期到来以前かような補償清算することができないことはいうまでもない。ただ土地改良法第五十一条第七項に「土地改良区は一時利用地の指定によつて、通常生ずべき損失を補償すべき旨」規定されている。が、ここにいわゆる「通常生ずべき損失」の意義については、これを、徴すべき法令規約が全然存しないから、土地改良法、被告改良区規約の精神、従前の取扱及び理論により決する他がないところ、被告改良区においては、従前、前掲土地改良法第五十一条第七項によつて(1)、指定傾斜地の地均らし費(2)、従前の耕作者が他人に指定された土地を依然占有耕作し、被指定者の立入耕作を阻んでいるため生じた損害のような、比較的、軽徴、かつ、明白で、なお早急にその補填を必要とするもののみを暫定措置として被告改良区所有基金をもつて補償して来たに過ぎず、原告主張のような重大、かつ、関係機関の慎重な調査、審議に俟たなければ、判定するに由がない損害の如き特別の損害は補償するを得ず、従つて、補償して来なかつた。

よつて、本件指定が無法、違憲背法無効であることを根拠とする本訴請求は失当であると陳述し、

五、証拠〈省略〉

理由

一、規約の存否

被告改良区の組織、設立経過、及びその名称変更が原告主張のとおりで、原告がその組合員であること、その主張の一時利用地の指定、同通知があつたことは、当事者間に争がない。

よつて、先ず、右指定のよつて立つ規約の存否について按ずるに、およそ、土地改良区が、土地改良事業の工事完了前必要のある場合、規約の定めるところにより、従前の土地に代るべき一時利用地及びその使用開始の日を定めることができることは、土地改良法第五十一条第一項によつて明かであるところ、立法者が、この種指定の具体的内容、実施方法等を規約に委ねた所以のものは、かような指定の個別的形式、内容、時期、方法、補償関係等を膠着した法律で、逐一、抽象的に定めることは、土地改良事業の本質に鑑み不適当であり、かつ、その煩に堪えず、寧ろ、この定を、具体的実状に通暁する当該土地改良区の規約に俟つに如かずと考えたからに他ならない。従つて、今、当該規約の沿革、過去の運用、法律状態の安定度等に照らし、その実質上の内容がこの目的に反しないと認められる以上、規約の些末な字句の不明確の如きは、敢て問うところにあらず、例えば、規約に一時利用地、すなわち、「仮」換地を表現するには、「換地」の上に「仮」を冠することは、もとより望ましいところであるけれども、制定者が、なんらかの機みでこれを遺漏していても、規約の性格、前後の連絡、規約全般の趣旨、既往取扱の実際、既成法律秩序の安定性等に稽え、仮換地、すなわち、一時利用地をも包含するものと観る他がないときは、なお「換地」に仮換地をも包含するものと解しても無理ではない。

そこで、今、これを本件について、これを観るに、昭和二十八年六月二十八日制定、同日、施行された被告改良区規約第四十二条に「換地を交付するには、地目、地積及び等位を標準とする。ただし、各組合員に交付すべき換地の地積は従前どおり、字毎(この「字毎」は昭和二十八年十一月二十二日制定、同日、施行された改正規約によつて挿入)土地台帳地積に比例する。換地は、その交付を受ける者に利益になる位置において、なるべく取り纒めて交付するものとする」とあり、そして、ここにいわゆる「換地」は本換地ばかりでなく、仮換地、すなわち、一時利用地をも包含することは、

(イ)、昭和十九年から本件指定に至るまでの間に、被告改良区において、組合員に対し、約九割千町歩の一時利用指定を終了し、本件指定は残約一割百町歩の指定の一部に過ぎず、従前組合員間で、この種一時利用地の指定を当然の措置として何人も怪しまなかつたこと(ロ)、被告改良区定款第四十七条昭和二十六年九月一日、新設、同日施行された規約第二十九条、同日制定、同日、施行された「係及び委員会規程」第三条に「企画委員会は一時利用地仮指定に関する事項を司る」とあり、既に被告改良区規約に、少くとも、実質上、一時利用地指定に関する規定があつたことが予想されていたこと、

(ハ)、証人安藤留三郎、被告改良区代表者本人の「本件指定後、昭和二十九年八月二十九日被告改良区規約第四十条、但書『組合員が、従前の土地を使用収益することができないときは、理事会は必要と認める限り、換地委員会の意見に基いて、土地改良法第五十一条に則り一時利用地及びその使用開始の日を指定することができる』及び第四十一条『一時利用地の指定及び換地交付の標準となるべき従前の土地は、昭和十九年九月一日現在の土地台帳による』が制定、翌三十日施行されたが、その理由は、従前の規約に実質上缺けていた規約を新たに制定するにあつたわけではなく、従前の規約第四十二条にいわゆる『換地』が仮換地、すなわち、一時利用地をも包含するにかかわらず、その表現が必ずしも明確でなかつたため、これを明記するとともに、同条にいわゆる『土地台帳』とは昭和十九年九月一日現在のそれを指称し、その後改測増歩された、それではないことをも明かにするにある」との各供述

を彼此対比綜合するによつてこれを認めるに足り、そして本件指定がこの規約条規に基いて為されたことは、原本の成立、存在及びその写たることについて争がない乙第一、二、三号証、第四号証の一ないし四、成立に争がない同第六ないし十七号証、証人安藤留三郎の供述、被告代表者本人尋問の結果を綜合するにより、これを窺うに十分であつて、原告の挙示援用に係る全証拠をもつても右認定を左右するに足りない。

してみれば、本件指定が規約に基かないで為されたとする原告の主張は採る由もない。

二、違憲不法

よつて、進んで、右規約条規の効力いかんについて按ずるに、国民の財産権は、これを侵すを許さず、これを公共のために用いるにも正当な補償をしなければならないことはいうまでもない(憲法第二十九条)から、土地改良法第五十一条第二項に「一時利用地の指定は従前の土地の地積を標準として定めなければならない」とある「地積」は、指定当時の実測地積が土地台帳のそれと異る限り、実測面積を指称し、土地台帳のそれを意味しないものと解する他がない。けだし、今、これを、土地台帳地積とせんか、実測地積が公簿のそれよりも広大である場合、ある土地が、現実存在するにかかわらず、公簿上脱漏している場合または、これらの場合の逆の場合等において、極めて、不合理、不衡平な結果を生じ、利害関係人に不測の損害を加えまさに憲法第二十九条の精神に背反するであろうからである。

しかるに、本件土地改良事業区域千百数十町歩の昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積が本件指定当時の実測面積に比し、平均約二割狭少であることは、成立に争がない甲第二号証の一ないし四、第三、四号証、証人安藤留三郎、鈴木鉄夫、亀井甲子、菅間定、浅田勉、菅原真男、鈴木辰夫の各供述、原告本人尋問の結果を綜合するにより明白で、また、本件土地の本件指定当時の実測面積が、一町九畝三歩であるにかかわらず、昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積が、僅かに、八反六歩に過ぎないことは当事者間に争がないところである。

してみれば、今、若し、被告改良区において、両者の差積を適正かつ、合理的に補い、よつて、もつて、本件土地改良事業完遂の暁において、従前の土地の農業経済上の絶対価値が、換地のそれに比し毫も低下していないよう補償規約等を整備万全の策を講ずる義務があり、この義務を打ち忘れ、ただ、単に、「繋属事業の終末段階の一部に属する本件指定にのみ実測主義を採るときは、せつかく旧公簿に依拠して実施されて来た既往数多の指定をも、実測主義に修正せざるを得ず、これでは、従前の土地が原形を留どめない今日、拾収すべからざる混乱を捲き起こし、かつ、多額の失費を招く」というだけの理由で、公簿主義を貫くときは、本件指定は、叙上憲法、土地改良法の条規に牴触し、当然無効であることはいうまでもない。

よつて、被告改良区に叙上違法回避手段が存在するか否かについて考えるに、他日、本件土地改良事業に適用さるべき前掲昭和二十九年八月二十九日成立、翌三十日施行された被告改良区規約第四十五条に「換地の評定価格は、工事完了後、遅滞なく、理事会が評価委員会の評価に基いて、その案を作成し、土地改良法第五十二条第三項所定の会議の議決を経べく、また、従前の土地各筆の評定価格は、理事会が、工事着手前、評価委員会の意見に基いて、その案を作り、前記会議の議決を経なければならないとあり、(ただ、同規約第四十四条は、極めて、難解、その意を把握するに苦しまざるを得ないが、その意にして、換地計画において定める徴収または交付すべき清算金額が(イ)、従前の土地の面積を標準として、評価された金額と(ロ)、換地の実測面積を標準として評価された金額との差額を指称するものとすれば、もとより、適法有効であるが、そうでないときは他に調和規約がない限り、竟に、違憲、違法であり、これを免れるには、将来、新規約を設けまたは規約の母法たる土地改良法の該当条規ないしその精神に則り調整する他がない)、また、土地改良法第五十三条に「換地計画においては、従前の土地に照応する換地を定めなければならない。前項の換地は、従前の土地の地目、地積、土性、水利、傾斜、温度等を総合的に勘案して、相殺することができない部分があるときは、その額及び支払の方法、時期を定めなければならない」とあり(ここにいわゆる「地積」は、もとより、実測のそれを指称し、公簿のそれを意味しないことは前段説示のとおりである)、なお、同法第五十四条が「知事が換地計画認可の公告をしたときは、土地改良区において叙上清算金を支払わなければならない旨」規定し、よつてもつて、立法者規約制定者において、土地改良区が土地改良工事完了後、換地計画を樹立するには、他に別段の調和規定が存しない限り従前の土地の実測面積を標準とし、換地の実測面積が、従前の土地のそれよりも、狭少であるときは、その差積は、地積その他の好条件(例、利便、用排水、肥沃、温度等)、または金銭をもつて補償、清算すべき旨を明かにしている。すなわち、ここに、いわゆる「綜合的勘案」とは、両者の、地目、地積、肥痩、土性、用排水利、傾斜、温度、耕地と公道、または耕作者の住所地との距離等、両者の地力、経営合理性の比較、収穫量の大小等、両地の農業経済力の強弱、金銭的価値の大小の較量に他ならず、そして、実測換地の農業経済力ないし金銭的価値にして、実測旧地のそれに比し、小であるときは、土地改良区において、換地計画を樹立するに際り、これを勘案調整する他、なお調整の必要のある部分については、その補填の内容方法等を定め、その後追行される清算手続においてこれを整調するを要し、また、することができるから、被告改良区において、この手続を履践する限り、本件指定は竟に合憲適法であるものといわなければならない。ところで、証人安藤留三郎の供述によれば、本件改良事業の工事すら、また完了せず、従つてまた、換地計画も、また、樹立されていないことを窺うに足り、この判断を動揺させるに足る証左は絶えて存しないから、本件土地改良事業の現段階においては、本件指定が旧公簿の地積に依拠して為された一事をもつて、今、直ちに、これを、違憲、背法視するは、聊か早計の譏を免れない。

これを要するに、被告改良区が「本件指定が、昭和十九年以降の継続事業の最終段階の一小部分に過ぎず、今、これを実測主義に組み換えるときは、これと既往数多の指定との調整至難で、巨額の経費を要する」というだけの理由で、不合理な公簿主義を守株し、換地計画ないし清算手続においても、なんらの調整方法をも講じないで漫然、この主義を貫くときは、本件指定は竟に憲法第二十九条、土地改良法第五十二条に背戻し、当然無効であるが、如上、換地計画ないし清算手続において、現行規約及び将来新設さるべき調整規約ないし、土地改良法またはその精神に則り、所論減歩を適切かつ、衡平に補償する限り、この無効化を免れることができる。

ところで、まだ、右清算の結果を検覈するに由がない現段階においては、まだ、本件指定が無効であると断定することができないことはいうまでもない。

これを要するに原告の挙示援用にかかる全証拠をもつてしても本件指定処分が違憲違法であることを確認することができない。

してみれば、そうでないことを前提とする原告の本件指定処分無効確認の請求は、竟に失当として排斥を免れない。

三、不法行為

最後に損害賠償請求の当否について按ずるに、本件従前の土地の実測面積が、一町九畝三歩であるにかかわらず、本件指定地積が、これより、五反三畝二十二歩過少な五反五畝十一歩(昭和十九年九月一日現在の土地台帳地積すら八反二十六歩ある)に過ぎないことは前段認定のとおりであるから、被告改良区において、今後この埋め合せに、なんらか、適切、公正な措置に出る義務があり、この義務を怠り、よつて原告に損害を加えた場合には、故意または、少くとも、過失によつて違法に、原告の所有権等を侵害し、よつてこの禍害を被らせたものといわざるを得ず、従つて民法不法行為等の責を免れることができないことは、もちろんであるけれども、前段説示のとおり、被告改良区において、今後、清算手続結了までの間に、地積その他の好条件(肥沃、便益、等)、ないし金銭をもつて所論の不利益を補償清算することができる機会を有つているから、被告改良区が他日、この機会を捉らえ、これを凱切衡平に調整する限り、竟にその過責を免れることができるから、未だ清算手続の結果を知るに由がない現段階においては、原告の言分は時期尚早の感なきをいかにせんといわざるを得ない。これを要するに、本件指定が違憲違法であるという立証のないこと前認定のとおりであるからそうでないことを前提とする本件損害賠償の請求は既にその前提において失当として排斥を免れない。もつとも、土地改良法第五十一条第七項に「土地改良区は、一時利用地の指定によつて通常生ずべき損失を補償しなければならない」とあるが、ここに、いわゆる、「通常生ずべき損害」の意義については、法律及び、被告改良区規約に別段の定めがないから、従前の取扱、法令規約の精神及び理論によつて決する他がないところ、成立に争がない甲第一号証の一、二、三、第二号証の一、二、前掲乙第四号証の一ないし四、証人安藤留三郎の供述に、被告代表者本人尋問の結果を参酌綜合すれば、被告改良区においても、従前、この規定に則り(1)被指定者が指定傾斜地を自費で調整した場合(2)他人に指定された田畑を、従前の耕作者が、依然、占有耕作し、被指定者の立入耕作を妨害している場合のように、その損害が、軽微、明白で、かつ、早急に補填することを適当と認める場合にのみ暫定的に、被告改良区所有基金(国庫補助金、起債金、保留地賃貸料、組合員の土地改良分担金)をもつて、これを通常の損害として補償して来たに過ぎず原告主張の損失のように重大、かつ、関係機関の慎重な調査、審議を経なければ、とうてい判定することができないものは、換地計画ないし清算手続が到来するまでは補填せず、またすることができないことを認めるに足り原告の全立証によつても右認定を覆すことができない。そして、被告改良区のこの取扱は合理的であり必ずしも成法の趣旨に反せず他に特別の事情のない本件においては、この方法によることも、また、洵に、已むを得ないところといわなければならない。

これを要するに原告は「本件指定が、公簿主義を墨守し、実測主義を排したため、重大な損害を被つた」と主張するけれども、果して、かような損害があつたかどうかは、土地改良事業の終末段階たる清算手続の結果に俟たなければ、判明しないから、認可の前提たる改良工事すら、まだ完了していない現段階においては、かような損失を補償するに由がないことはいうまでもない。

してみれば、右損害の発生、及びその額が既に確定していることを前提とする原告の不法行為上の損害賠償の請求も、また、爾余の争点について逐一判断を須いるまでもなく、既にその前提において失当であつて採用の価値に乏しい。

よつて、原告の本訴請求は竟に、その理由がないものと認め、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十条、第九十一条に則り主文のように判決する。

(裁判官 中川毅 宮崎富哉 佐藤邦夫)

(別紙目録省略)

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